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#05 FM-7はマイナーだったのか?

あるエミュレーター関連書籍にFM-7とXM7が取り上げられていたのを読んだのですが、そこには『FM-7はPC-8801、X1の人気には及ばず、万年三番手であった』というようなことが書かれていました。これにはカチンときましたね。FM-7が常に三番手であったという明確な資料があってこのようなことを書いたのでしょうか? もしあったとしたら何も言い返せないのですが、記事を読んだ限りでは、単なる印象で書いたように思われました。

逆に、FM-7が三番手ではなかったという資料ですが、『ポプコム』1983年5月号の「人気マシンベスト5」ではFM-7が1位になっていますし、『テクノポリス』1985年3月号の読者投票「好きなマシンBEST10」ではPC-8801、X1に続いてFM-7は3位になっていますが、なぜかFM-77(4位)とは別集計になっており、両者の票を合計すると1位に躍り出ます。また、『ポプコム』1986年7月号の「FMシリーズの成長と発展」という記事中には、こんな記述があります。

『FM-7は一時どこの電器屋さんに行っても手に入らず、予約してから数ヵ月待たなければならないほどバカ売れした。POPCOM誌が創刊された83年は、まさに“FMの年”といってもよいくらいFM-7一色だったのだ。』

もちろんこれだけの資料では「万年三番手」を覆す決め手には欠けますし、PC-8801、X1のほうが売れていたという資料もどこかにあるでしょう。でも少なくとも、X1に対しては「ゼビウス」が出るまでは絶対上位、PC-8801に対しては1983~1984年あたりは互角かそれ以上の売れ行きだったという手応えがあります。

しかしトータルで見ると、PC-8801シリーズには及ばなかったのはまず間違いないでしょう。X1シリーズと比べても、大きく下回っているということはないと思いますが、差をつけられたかなという気もします。この原因は、80年代後半のFM-7シリーズの失速にほかなりません。1985年ごろまではこの2機種とは本当にいい勝負をしていたと思うのですが、その後じわじわと離されていきました。

なぜそうなってしまったかには諸説あると思いますが、PC-8801、X1(プラスMSX)とは異なるCPUが使われていたというのが大きいのではないでしょうか。BASICがメインの時代ならともかく、オールマシン語が当たり前になると、別のCPUを持った機種への移植は容易ではなくなります。しかもスクロールや重ね合わせなど、プログラミングのレヴェルがどんどん上がっていきましたからなおさらです。結果、FM-7への移植作が減少し、それにつれて本体の売り上げも落ち、FM-7版単体の発売でも採算が取れなくなり、ついには全くソフトが出なくなってしまった・・・のではないでしょうか?

ですが一方で、こんな見方もできます。FM-7で最後に発売されたソフトは、「FMサークル プログラムサービス」を別にすれば、おそらく1991年(1月?)の「Misty vol.7」(データウエスト)です。一方PC-8801の最終作は、「PC88ゲームライブラリ」によると1992年7月の「蒼き狼と白き牝鹿 元朝秘史」(光栄)。ということはその差は1年半ほどしかないわけで、寿命という点だけ見ればそれほど大きな差はなかったことがわかります。


公開日:
2003年08月23日
更新日:
2007年06月21日